東京高等裁判所 昭和44年(う)870号 判決
被告人 高橋謙一
〔抄 録〕
検察官の控訴趣意は、要するに原判決が被告人を禁錮一年八月に処し、その刑につき執行猶予を付したのは、量刑著しく軽きに失し不当であるというにある。
そこで、原審記録を精査し、当審における事実取調の結果を綜合して考察すると、被告人が横浜駅から下り第二三五号電車を運転し、三ツ境駅から瀬谷駅に向う途中、居眠りをして、下り本線第一四七号閉そく信号機が注意信号を現示していたのに気付かず、そのまま時速七〇粁で進行し、更に、右信号機より約四八三米先に設置されている瀬谷駅下り場内信号機が現示していた停止信号を、その約三〇米手前に至つて初めて気付き、あわてて急停車の措置を講じたが及ばず、同駅下り本線で貨車入換作業中の上り第一二五二号貨物列車の機関車に追突し、自己運転の電車の乗客九八名に対し、原判示のとおり負傷を負わせたことが明らかで、右は被告人が電車運転士としての業務上の注意義務を怠り信号を見落した過失に基づくものであることは明白である。
ところで、原判決は本件量刑の事情として、本件事故発生について、(一)相模鉄道株式会社当局において、保安上の手落ちや、保安設備の不備がなかつたか、(二)被告人以外の同会社従業員、ことに、当日上り第一二五二号貨物列車の入換作業を指揮した同社大和管区助役重田常吉の措置に誤りはなかつたか、(三)会社において、平素従業員に対する訓練に不十分の点がなかつたかの諸点を取り上げ、(一)について、本件事故のあつた場所は三ツ境駅方面からくると、その手前でカーブし、かつ勾配のため見透しがきかず、瀬谷駅に接し人車往来の激しい踏切りがあり、しかも、この踏切上において貨車の入換作業を行うという甚だしく悪条件の重なる場所であるから、会社としては自動制禦装置A・T・Sを設置するなど、特別の設備を構ずべきであつた、(二)について、瀬谷駅構内における貨物車の入換えは上り下りの列車の間隔六分間内に行なわなければならないのであるが、本来旅客輸送を主とする鉄道にあつては、定時に発着する旅客列車を優先すべきで、貨車の入換作業の如きは従たるべきものであるから、入換作業のため旅客列車を一時赤信号により途中停車させるが如きは本末顛倒であり、それは同会社運転取扱心得第五〇条に照らしても許されないのみならず、下り第二三五号電車が二分後に到着することを知らせるブザーを聞いた以上、その責任者である重田助役は第一二五二号貨物列車の入換作業を中止し、これを他の線に退避させるなどして、被告人の下り第二三五号旅客電車の瀬谷駅進入を妨げるべきではなかつた、(三)右のような点で会社の駅従業員に対する日常の訓練が十分でなく、また、運転士といえども心身疲労の結果、ふと睡魔に襲われることなしとしないのであるから、かかる場合、如何にすればよいか、会社として如何なる方策を樹て訓練を施しているか明らかでない。要するに、本件事故は被告人の外、会社自体、及び一般従業員ら三者の連帯責任というべきもので、被告人一人の責任に帰するのは酷に失すると説示している。
よつて、右の諸点につき検討するに、原判決挙示の証拠によると、相模鉄道本線の各駅間にあつては閉そく信号機、駅の前後には場内信号機、出発信号機などが設置してあり、これらは列車の通過にともない自動的に作動し、瀬谷駅においては貨車の入換作業をするに当り、構内信号所にある継電連動機、軌道照明盤などを係員が操作することによつて場内信号機を赤信号にして、列車の駅構内への進入を防止する仕組みとなつており、本件事故の場合においても右の操作が誤りなく施行されたこと、原判決の指摘する踏切には踏切警手がいて、信号所からのブザーの報知によつて入換作業中踏切遮断機を下ろしていたことが認められる。また、A・T・Sの証備については、当時相模鉄道にあつては横浜駅、二俣川駅間にはその設備があつたが、本件事故現場には未だその設備がなかつたものであり、若し、その設備があつたら本件事故は避け得られたであろうと惜しまれるのであるが、鉄道事業の最高の使命が公衆の生命、財産の安全輸送にあり、現時において利用できる科学的設備の万全を構ずべきことは原判決のいうとおりであるが、当審における事実取調の結果によると、本件事故当時においてA・T・S装置の完備していたのは国鉄のみであり、今日においても、なお、私鉄でA・T・Sの完備しているのは相模鉄道の外、数社に過ぎないことが窺われ、営利事業である私鉄、ことに営業キロ数僅か二五粁位の小私鉄に属する相模鉄道に対し、その当時最新科学設備であるA・T・Sの完備を求めるのは無理といわなければならない。従つて、その設備のなかつた点に本件事故発生の原因を求め、会社の怠慢、過失を強く責めることはできない。次に、上り第一二五二号貨物列車の入換作業をしたことの当否につき按ずるに、原審記録によると、右貨物列車の機関車が瀬谷駅に到着後、重田助役の指示により同駅五番引込線にあつた貨物車の連結、切り離しを終わり、更に、同四番引込線にあつた貨車を連結すべく五番線より上り本線に入り、三ツ境駅方向に向つて進行中、信号所において下り第二三五号電車の到着二分前を知らせるブザーが鳴つたのであるが若し、重田助役において入換作業を中止し、下り電車の通過を待つたならば本件事故が発生しなかつたであろうことは明らかである。しかしながら、前記のとおり、重田助役は貨車の入換作業を行うため自からテコの操作によつて下り場内信号機の現示を赤の停止信号に切り換えたから、下り電車は当然第一四七号閉そく信号機のところで減速し、更に場内信号機の手前で停車し、駅構内に進入することはないものと信頼し、入換え作業を継続したことが認められるから、その措置が必ずしも不当であつたと非難することはできない。なお、同会社運転取扱心得第五〇条に「列車を場外に停止させて車両の入換を行なうことは禁止する。」とあるは、当審証人松木信治の証言によると、本件のように既に入換作業に着手した後にはその適用のないものであるから、重田の措置が右規則に違反するということはできない。
また、記録を調べても被告人の会社における勤労条件がとくに過酷であつたとは認められず、鈴木恒義の司法警察員に対する供述調書によると、会社においては本件事故発生の直前である昭和四三年八月一日から同月一〇日まで「安全運転指導運動期間」を設けるなどして、従業員に対する安全運転の訓練についても意をもちいていたこと、運転士が睡気をもよおした時は、大声で喚呼したり、窓を開けて外気に顔をあてるなどの指導をしていたことが窺われ、従業員の訓練に著しく欠ける点があつたとは認められない。
以上のとおりであるから、A・T・Sの設備のなかつたこと、重田助役が貨車の入換作業を継続したなどの事情は、被告人の刑責をとくに軽減すべき事由とは認められない。
なお、近時自動車等による交通事故の頻発により、自動車運転者に対する業務上過失致死傷の罪の量刑が重くなつたことは世間周知の事実である。多数の乗客を乗せ専用軌道上を高速度で定時に運行する列車の運転士は、軌道上の歩行者や、踏切を横断する歩行者や車両に対しては自動車運転者より軽い注意義務を負うに過ぎないことは首肯できるが、信号無視や信号の見落しについては、多数乗客の生命を預から電車運転士の責任は、自動車運転者に比し遙かに重いものといわなければならない。被告人は電車運転士として最も基本的な注意義務である信号確認を欠いたもので、幸にして被害者中に死者は一名もなかつたのであるが、何らの過失もない乗客九八名に対し重軽傷を負わせ、その社会人心に与えた衝撃の大きいこと、その他、被告人の年齢、経歴、犯後の情況等を綜合考慮すると、答弁書記載の被告人に有利な事情を十分参酌しても、原判決が被告人を禁錮一年八月に処し三年間右刑の執行を猶予したのは量刑が著しく軽きに過ぎると認められ、論旨は理由がある。
(目黒 中久喜 田尾)